営業部長が副編集長に不動産広告のコピーを見せ、「どうこれ、買わない?」という。副編集長は「深谷じゃないですか、とても通えませんよ」と応える。「いや、あんたが住むんじゃないの。入居まで一年ほどあるから、それまでに転売すればいいんだよ。うちの社員も何人か買うといっている。抽選会はうまく誤魔化すから」副編集長は「どう思う?」といってコピーを私の手元に置いた。ファミリータイプの物件で、JR高崎線の深谷駅からさらにバス便を利用しなければならない。価格は二〇〇〇万円を切る住戸もあり、割安に見えた。営業部長は「いまどき首都圏で二〇〇〇万以下の物件なんてないよ。引き渡しまでに二五〇〇万ぐらいで売れると見ているんだけど」とたたみかける。「五〇〇万か……」副編集長は転売後に手元に残る金額を考えているふうだ。後からやってきた女性のひとりが「二〇〇〇万以下なんて、掘り出し物ね。あっ、禁止用語使っちゃった」と混ぜ返す。私は途中で退席したので、その晩どんな展開になったのか知らない。だが、後年知人を介して副編集長が本当に購入したと聞かされて驚いた。しかも転売できず、仕方なく家族と一緒に入居したという。通勤に二時間以上かかるため、始発に乗っても週一回の早朝会議に遅刻してしまうらしい。転売できなかった原因は直後にバブルがはじけたこともあるが、その物件の周辺相場が案外安かったことが大きかったようだ。地元の業者に頼んで探せば一戸建てが一五〇〇万円程度で買えたというのである。お粗末といえばそれまでだが、バブル期は超郊外の物件までが投機の対象となり、切実に住まいを求めている人たちには購入のチャンスさえ与えられなかったのである。
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