昭和45年の1都3県(神奈川、千葉、埼玉)の人口は2441万2000人、それが昭和60年には3004万3000人へと593万1000人増加した。がその間、宅地開発可能区域はほとんど固定されたままであった。その結果、特に都心への便のよい地域での地価は、実は銀座のような最高の商業地などに比べてもはるかに高い上昇率を示した。それを、今回の地価上昇でよく話題になった田園都市線沿線を例にとってみてみよう。その一帯はもともと、東急電鉄が田園都市線を建設する際に周辺の広大な原野を買い求め、順次開発して分譲していったものである。昭和44年から45年ごろの鷺沼駅からたまプラーザ駅付近の東急不動産の分譲価格は、坪当たり15万円前後であった。それか昭和62年夏ごろのピーク時には、坪600万円にまで急騰した。つまり40倍の値上がりである。参考までにいうと、同時期の銀座あたりの地価は坪当たり1000万円程度から、ピーク時には一億3000万円へと上昇したから、倍率は13倍である。一方、その間の消費者物価の上昇率はわずかに3倍程度であり、サラリーマンの初任給は5倍程度である。宅地開発の可能な地域がほとんど拡大しないところへ、人口だけが集中し続ければ、既存の住宅地地価が上昇するのは当然である。商業地の場合はかなり就業人口が増加しても、低層の古いビルや木造店舗を壊して新しく大きなビルを建てれば、土地面積の5倍から10倍のオフィス床面積を供給することが可能である。したがって、案外と供給には弾力性がある。これに対して住宅地のほうは、マンションにすれば確かに人口収容力は増えるが、最終的に人々が求めるのは土地付きの住宅であり、また人々が特に住みたがる高級・準高級住宅地は大体において第一種住居専用地域に指定されていて、マンションに建て替えることは不可能である。これが、地価の値上がりという点では商楽地よりもむしろ住宅地のほうが激しかった理由である。
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